那須野の風に乗って

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那須野の荒野を沃野に変えた男達 ・・・・・ その背景

<<  曲は 「I'm home」                       


      矢板 武                   明治維新爛熟期の治水事業
画像クリックで別窓に参考画像<
 明治維新後の新政府の僻地開拓の一環として荒漠水不足の那須野に疎水建設が計画された。明治18年に初めて那珂川西岩崎からの本幹部が 開削されたが、それまでには当時「那須開墾社」を経営していた矢板武・印南丈作、三島で「肇耕社」という農場を開いていた三島通庸らの並々ならぬ尽力があっった。主な目的は長大な那須疎水建設完成達成のためであった。
 この事業には莫大な資金が必要だったが、当時の松方正義内閣を動かして資金の調達に成功した裏には矢板武、印南丈作らの政治力・外交手腕が物を言ったと考えられる。それには彼らの持っていた広大な農場やその他の土地を政府に提供することによって実現したと見て間違いない。それが全てではないがその要素が強いと思われる。
 その証拠に松方正義は那須開墾社を矢板・印南から譲り受け、 内閣の有力者に対しては周辺の広大な土地を 「開墾」という名の下で買わせ、それがある程度成功すると功績として貸し与えた資金の返還は殆んど求めなかったらしい。

 松方内閣には薩摩藩出身の有力者が居た。 「鍛冶屋開墾農場」の大山巌、西郷従道は前者が西郷 隆盛の従弟であり、 後者は西郷隆盛の弟である。内閣では陸相と海相という地位だった。又、青木農場の青木周蔵は内閣の外相というようにその後藩を失った縁者などが次々に農場や牧場を開いて財を築いた。現在で言うなら天下りとか、 不当な資金調達等と非難される行いであったが当時の政治情勢ではそれを追求する者は皆無で、それよりも貴重な水を供給することに尽力した矢板・印南と同じように、立派な成功者として崇められた。私が子供の頃には松方正義の別邸が現在の千本松牧場にあり、その付近の広大な山林を「松方山」といって親しんでいた。そこは当時キノコや山菜の宝庫であった。あまりにも広いのでキノコ採りの人が迷って山から出られずに死亡した例もあるくらいでした。松方別邸は文化財として保存されている。
  上記の事情は現在の人からみれば権力による土地の収用みたいなもであったが、結果としてはそれが荒涼枯渇 していた那須野を疎水が潤 し、その後の農業の発展や飲料水の供給安定に多大な役割を果たし「那須疎水」が我が国の三大疎水のひとつといわれるまでになったのだから、その恩恵を受けている我々は文句を付ける必要もないのかもしれません。
※ 当時の外相青木周蔵は長州藩出身で薩摩藩出身ではありません。那須塩原市には「青木別邸」が国の重要文化財として保存されている。


矢板武記念館の庭園・内部・展示物の一部
下の小画像をクリックして下さい。ソースは「ブログの小技」からお借りしました






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矢板武邸玄関
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那須疎水のハイテク水車
最近の那須疎水はこうした水車を利用した
小電力発電などにも利用されている。前方は千本松牧場



 

2010/04/30   地域・歴史     92TB 0   92Com 7  

Comment

 

松ぼっくり505   ゆみぞうさんへ   2010/05/07   [ Edit ]

コメントありがとう。連休が終わったら図ったように雨になるとは
今年の天気の神様はサービス精神が豊かだったり、反対に気まぐれな春でもありました。

おっしゃるように、こうした地元特有の記事に関心を持っていただき
遠い九州からコメントを頂くのは嬉しいですね。知的な方なのは以前から分かっていました。

連休中、全く音沙汰がなく、どうしているか気になっていたのですが
何処か遠くへ旅行だったのでしょうか?

ゆみぞう506   政治もバランス   2010/05/07   [ Edit ]

殊に政治に関しては、ギブアンドテイクのバランスが崩れると、関係性は成り立ちませんよね。
当時の政治は、無から有を創出する、圧倒的なパワーがあり有無をいわせぬ牽引力があったのでしょうね。恩恵を被ることができれば代償もそれなりにあって構わない、という感覚が国民の中に自然に流れていた時代だったのかもしれないと思いました

余談ですが、
さすが文字の多い記事へコメントされる方は、縁があって対峙した何事からも何かを得られる知的レベルの高い方だとお見受けしました。
記事を出されている方からしても、形式的なコメントとは違い、嬉しい反応ですよね。
時数制限がある以上、その範囲で自分が一番伝えたいことだけきっちり提供してしまえば、後は見る者それぞれにお任せで興味を広げていってもらうWEBの醍醐味を活かした今のカタチ、私は理想的だと思います

te-reo507   囲炉裏の件有難うございました   2010/05/06   [ Edit ]

囲炉裏が冬季は掘り炬燵になる由、なるほどと合点いたしました。 ご丁寧な回答有難うございました。

松ぼっくり508   te-reoさんへ   2010/05/05   [ Edit ]

コメントありがとうございます。

webを通して蟇沼用水にまで遡って那須疎水に興味をもたれるとは
さすがte-reoさんだと思いますし、よその地域にこうして関心を持たれる
教養豊かなお人柄が偲ばれ、たいへん嬉しく思います。

実は江戸時代からの歴史をも含めて、もっと矢板・印南の苦労話を記事にしたかったのですが
ご存知のようにgooブログでは1記事10,000字以内と規制されている関係でムリでした。
この記事も9,800字で規制字数オーバーの表示が出たので画像説明の一部を削っての数値です。

結果、時代背景となった松方内閣と旧薩摩藩出身者の関係に偏ってしまった感があります。
te-reoさんのようにwebを活用される方ばかりではないので、もう少し
那須疎水本来の姿を書けばよかったと後悔しております。

矢板記念館内部はte-reoさんのように室内の撮影が上手ではないので
分かりにくい画像もあったと思います。コンデジ使用でのものです。
お尋ねの囲炉裏ですが、私の子供の頃のわが家の藁葺き家屋の囲炉裏は
同じように土間続きの囲炉裏があり、それが一般的でした。冬季にはコタツに変身して
来客が土間で履物を脱いで気軽にコタツに入れるように考慮したものでした。
しかし、矢板武記念館の囲炉裏のようには深くはなくte-reoさんが言われたように板敷きから20cmくらいの深さだったと思います。
この記念館の囲炉裏は特別深いようなので折を見て記念館を訪ね、記念館の係員に
確認してみたいと思います。分かりましたら後日そちらのブログにコメントいたします。

te-reo509   疎水の歴史、勉強になりました   2010/05/04   [ Edit ]

那須疎水の歴史、関わった方々の情熱や時代背景面白く見させていただきました。  興味がわいて、那須野が原用水のマップや江戸時代に遡る蟇沼用水などWebで読んでみました。
凄い用水だなと思いました。  全国疎水百選の投票結果でも第2位でした。
那須野は風光明媚でもありますが、人々の情熱も積もったいいところですね。  いつかまた訪ねてみたいと思います。
ところで、矢板邸の写真で囲炉裏が深いのが気になりました。 こちらの古民家では、板敷からせいぜい20cmほどの深さです。 矢板邸では土間続きの囲炉裏底となっていますが、そちらでは一般的なのでしょうか? 

松ぼっくり510   北斗さまへ   2010/05/03   [ Edit ]

お堅い記事で、それでなくても淋しいコメント欄のところへ早々に
お訪ね下さいましてありがとうございます。こちらは絶好の行楽日和が続いています。

那須疎水は、当時枯野だった那須野が原を潤して、その後の農業を振興させました。
明治政府の思惑は少し胡散臭い面があり、薩摩藩出身者を太らせた感もあります。
しかし、矢板武や印南丈作はかなり私利私欲を捨てて疎水の建設を遂行したので
この地域の人々に高く評価されているのです。その足跡をたどると
並々ならぬ努力の跡が見えてきます。地域の発展を心から願っていたのですね。

ご案内頂きましたので、早速「リラの咲く街から」をお訪ねしました。
北のカタクリの澄みきった美しい画像に感服しました。見事な画像だと思います。
ブログにアップするとピンボケになってしまうのを気付かない人もおられる中にあって
北斗さまの撮影技術の素晴らしさは別格だと改めて感じました。

北斗511   こんばんは   2010/05/03   [ Edit ]

明治の偉人たちが残したものが
いまだに我々の生活の役にたっているのですね
当時の政治家は 私利私欲を離れて 国のため
国民のために働いたのではないでしょうか
今の政治家に そのツメの垢でも煎じて飲ませたいものです
ところで 昨日アップしたカタクリは まだ7分咲き程度でしたが
今日また行ってみましたら きれいに満開になっていましたので
追加でアップしました
もしよろしければ 再度ご覧頂ければ 有難く存じます


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