那須野の風に乗って

Entry 273   Permanent LIN K

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もう一人のエリザベート・・・青木別邸とひまわり畑



日本橋三越本店ではオーストリア最後の皇妃エリザベート展が8月20日まで開かれていた

エリザベート展案内

上図は案内パンフレットと違う画像を連結したものだが噂に違わずその美貌は相当なものである。
絢爛たる半生も悲劇に終わったようだが、そんな劇的さはないが那須青木別邸の歴史の中に同じ
エリザベートの名前が刻まれている。青木周蔵の妻でドイツ貴族の令嬢だったエリザベートである。


ひまわりと別邸
ひまわり畑から青木別邸を見る。上の写真は熟年頃のエリザベート


青木周蔵とエリザベートとの出逢い から結婚まで
青木周蔵は幼名を三浦團七といい22歳の時御典医の青木研蔵の養子となり後に名前も周蔵と改めた。
この養子縁組は本家弟の娘との結婚が条件だったので この時点で青木周蔵は結婚しているのである。
典医の家柄から彼は士族の身分となり、医家の習わしで医学関係でドイツに留学する。しかし、周蔵には
医学よりも政治・経済への関心と素質があり、その分野での力を蓄え帰国したのである。

帰国後外務省に入ると一等書記官を経て、その類い稀なドイツ通を買われ、駐ドイツ公使に抜擢された。
妻を伴ってドイツに駐在するつもりが 妻は頑なに反対したので周蔵は一人ドイツへと向かう他なかった。
ドイツでの活躍は目覚ましく、やがてドイツ貴族の令嬢エリザベートと知り合うのである。 彼女の美しさに
すっかり夢中になった周蔵は妻の存在も忘れ恋に堕ちる。エリザベートも周蔵を愛していたので結婚を考
えるまでに進展したが妻との離婚が先と日本の友人を通して手続きを依頼し、完了との報せがあったので
二人は晴れて結ばれたのである。しかし、それにはとんでもない行き違いが生じていた。


帰国後の離婚処理と明治新政府での活躍そして那須青木農場
日本からの召喚命令で美しい妻を伴って意気揚々と帰国した周蔵は目を疑った。 出迎えの中に離婚が
成立している筈の妻が居るではないか。実は周蔵本人でないと解決できない感情的な問題があり完全に
離婚は成立していなかったのである。その後の周蔵は彼ならではの実行力で強引に離婚にこぎ付けたが
それというのも 山縣内閣では外務大臣にまで上り詰め対英条約改正交渉などを指揮したりと飛ぶ鳥をも
落とす勢いは誰の介入をも許さなかった。しかし、可哀想な元妻には最後まで手厚い保護を行っている。

明治政府の重鎮にまで出世し、彼の出身地長州藩や薩摩藩出の元勲達と共に那須野開発に乗り出す。
明治14年には有利な条件で資金を借り受け広大な土地を那須に取得すると政治の傍ら農場経営に乗り
出すのである。明治21年には当時ドイツ建築の第一人者松ヶ崎萬長設計になるモダンな別邸も建築され
その後増築などによって現在に残る青木別邸が完成した。 以後当時の官僚たちが多く住んでいたという
東京麹町上二番町( 現在の千代田区一番町 )から東北本線に乗り黒磯で降りると 周蔵は駅前厩舎から
別邸まで美しい妻エリザベートと一人娘のハナを乗せて、自らが駆る豪華な幌付き一頭立て馬車で、農場
近くからの杉並木を楽しげにやって来る姿を地元の人々が何度も見たという。 当時としては贅沢な話だ



エリザベート熟年時の写真
妻エリザベート
写真は古いですが美しさはいかが?


娘ハナ 青木周蔵
娘ハナ                        青木周蔵
                             若い頃の写真が見つからないが美男子?だったのか



青木別邸内にて
過去何度も記事にしているので今回はいつもと違う画像を載せてみました。
5番目のハナの写真はエリザベートの若かりし頃を想像するに充分な美しさです。
ドイツの伯爵家に嫁いだ娘ハナは社交界で華やかな人生を送ったのでしょうか?
なお、青木別邸は平成11年に国の重要文化財に指定されています





別邸の裏手には広大な明治の森があり、建物周囲にも草木が豊富です。明治24年の
別邸建築当初からあったあすなろの古木は現在建物との位置関係は違いますが見事な
枝ぶりで有名です。周蔵が幌付き馬車を駆った杉並木と一緒に載せました。


あすなろの巨木



画像クリックで BGM
<<<


今年は特に開花が遅かったが見事に咲き揃いました。蒔種の当事者に問い合わせましたが
はっきりした本数は不明だが約15,000本という事でした。もっと多いようにも感じましたが
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トケイソウ
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ひまわり畑の隣に毎年咲く花です。画像マウスオン・アウトで2枚
アメリカフヨウ

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同じくマウスオン・アウトです。
カシワバアジサイ





ひまわり畑には昨年まであった展望櫓の設置がないため
全体が見渡せないので歩きながら大体の姿をHD動画にしました。
右下のボタンクリックで拡大しますと迫力がありあす。雑音は風の音です





2012/08/21   地域・歴史     273TB 0   273Com 14  

Comment

 

koyuko1936     2012/08/21   [ Edit ]

溜息が出るような美貌と富と名声を兼ね備えた女性ですね。

生まれながらの恵まれた環境に育ち、庶民の生活とかけ離れた豪華な生活を送られた幸せな女性ですね。

たくさんのひまわりに囲まれて、華やかさが伺えます。

松ぼっくり1937   koyuko さんへ   2012/08/22   [ Edit ]

コメントいつもありがとうございます。

ほんと庶民とは全くかけ離れた贅沢な暮らしぶりだったのです。
現在なら国会で取り上げられ野党の追及を厳しく受けることでしょう。
これができたのも青木周蔵が明治維新を成し遂げた中心的な藩の出身で、
外務大臣にまで昇り詰めた人物であったことと、開拓という
大義名分があったからに他ならず、明治新政府にも色々と問題はありますね。
地元の人達もこうした事情は知っていて決して手放しで
礼賛している訳ではありません。 ただ、ここに国の重文が存在し明治のロマンが
介在したことに機械的に反応しているだけです。

先日別邸の取材の時、受付の女性も『元奥さんは可哀想だった』と言っていました。
そうは言ってもエリザベート夫人も娘のハナも美しい人だったには違いありません。

その頃から前面にひまわり畑があったかどうかは定かではありませんが
農場だったのでひまわりも作っていたかもしれませんね。



花ぐるま1938   こんばんは   2012/08/22   [ Edit ]

こういう明治のお話があったんですね
美しいエリザベートとの青木周蔵氏の話は初めて知りました
外交官として明治時代活躍されたそうですね
奥様がfいらっしゃりながら美しい女性に心を惹かれるって、よくありがちなことですが~

その後離婚なさって~素晴らしい生活を送られたんですね
ハナさんというお子様はどうなさったんでしょうね~
別邸が那須にあるのでしょう
素敵な那須後で幸せに暮らしていらっしゃったんでしょう

皆がう羨むような素晴らしい生活。きっとエリザベートさんも幸せだったんでしょうね

ひまわりの花がとても綺麗ですね。
アメリカ芙蓉も沢山咲いていますね。
私のところの芙蓉は2種類共に枯れてしまいました

あきこさん1941   エリザベート   2012/08/23   [ Edit ]

ドイツ女性とオーストリア皇妃のエリザベートは、共に美しく気高く素晴らしい女性ですね。
縁あって日本人との結婚で、ハナさんもお生まれになってお幸せに暮らされてよかったですね。

明治の初期から中頃に活躍され、那須を開発され、当時は各地に大きな影響が及んだのでしょうか。
その長女のハナさんが日本にいらっしゃったのならば、また違った話題が持ち上がったでしょうね。

ひまわりも素晴らしいですね、東京では公園などでやせ細ったひまわりが咲いています。

松ぼっくり1942   あきこさんへ   2012/08/23   [ Edit ]

長い記事に当を得たコメントありがとうございます。

皇妃エリザベートの写真は鮮明(肖像画があったのでしょうね)なのに
青木周蔵夫人の写真は古くて不鮮明ですが熟年でもその美貌が伺えます。
娘ナの花嫁衣裳と一緒の写真から見ても若い頃は周蔵が惚れ込んだのも
分かるほどの美しさだったと思われます。(5枚スライドショー4番目)
しかし、妻がありながら、折り合いは良くなかったとはいえ勝手なものですよね。
この一連の出来事は誰かの小説にも描かれたということですがよく知りません。

娘ハナを周蔵は日本の然るべき家柄に嫁がせようとしていたのですが
ドイツ伯爵家の強い意向もあって押し切られたそうです。
したがってハナは日本では馴染みが薄い訳ですが、もし、日本に居たなら
その美貌からも社交界で大いにモテたのではないでしょうか。
混血による日本人好みの容貌でしたから。

ここのひまわりは毎年周辺のよりも開花が遅いのですが、咲きだすと
非常に立派な花を付けます。色も鮮やかです。

みーたん1943   このブログの記事は   2012/08/23   [ Edit ]

出版したらいいほど内容の濃いお話です。
わたしも初めて知りました。
このように美しい女性に出会ったら、やはり恋してしまうのでしょうね。
でもちゃんと筋道を立てて事を進めるところが、昔の人ですね。

ハナさん、日本で生活されなかったのですね。

松ぼっくりさんのブログにはいつも頭が下がりっぱなしです。
ありがとうございました。

松ぼっくり1944   広島のみーたんさんへ   2012/08/24   [ Edit ]

コメントありがとうございます。長くて自己満足気味の記事への
ご丁寧なコメントにたいへん嬉しく思います。

青木周蔵は山口県の出身ですからみーたんさんとは比較的近いですね。
明治維新の立役者的長州藩は維新後各地に進出し色々の分野で活躍していますね。
青木周蔵もその一人でした。奥さんは可哀想でしたが、夫の就任地に
同行を嫌っているように当時の日本女性の典型で、社交性がなかったし
周蔵とはエリザベートが出現しなくても到底うまくゆかなかったでしょう。
養子が偉くなると全く手が付けられなくなるのは現代でも同じ。注意が必要?

娘ハナはその美貌が故にドイツの伯爵に見初められ嫁いでいます。
その後どうなったかは資料はあるのでしょうがボクは調べていません。


松ぼっくり1945   花ぐるまさんへ   2012/08/25   [ Edit ]

コメントありがとうございます。猛暑が続きますね。

明治の良き時代? 那須は元勲たちの自由な活動の場だったようです。
花ぐるまさんのPCではボクのほうのスライドショーは見られないのかな?
最初の5枚のスライドショーの4番目に娘ハナの事を述べておいたのですが
お忙しいので飛ばされたのでしょう。こんな長い記事には全部対応できませんよね。

娘ハナはその後ドイツの伯爵家に嫁ぎましたがどんな生涯だったかは知りません。
あの美貌ですからドイツの社交家界で活躍したのではないでしょうか。

ひまわりは全国的に見れば中程度の規模でしょうが全部歩くと疲れます。
ご覧かどうかわかりませんが、意外に動画が鮮明で全体の様子を写していますが、長いので・・・

アメリカフヨウは毎年決まった場所に咲きます。昨年より増えていました。

みーたん1946   エリザベート   2012/08/25   [ Edit ]

こんばんは 松ぼっくりさん
エリザベート どこかで聞いた様な名前ですが、ネットで検索したエリザベートとは、オーストリア皇后とは、同一人物ではないようですが?同一ですか。
それは、ともかく美貌と名声を兼ねそない青木周蔵氏と結婚された方
なのですね。   ひまわりの動画も綺麗に撮れて素晴らしい出来ですね。

松ぼっくり1947   会津のみーたんさんへ   2012/08/26   [ Edit ]

コメントありがとうございます。

冒頭の文章を読んでいただければお分かりだと思いますが
先頃、三越で展示中のオーストリアの皇妃のエリザベートに因んで
偶然同じ名前の女性が那須黒磯の青木別邸の明治の歴史の中に
登場することから話を広げたもので分かりにくかったでしょうかね。
青木周蔵の妻エリザベートでドイツ貴族の娘でした。

ひまわりはここの名物で毎年見事な花を咲かせます。力強い頑丈な茎部分は
滅多に見られないものだそうです。そちらからも近いので来年は一度お訪ねください。

ゆみぞう1952   青木物語~起承転結~   2012/08/29   [ Edit ]

私が行った後、ほんの数日で、見事に咲き揃いましたね。ひまわりこそ、咲いていてなんぼの花ですから。咲き終わった後は、一気に近寄りがたい雰囲気漂いますが(^^;;)特に大群だと(汗)

もう一人のエリザベートから始まり、青木氏にまつわるエピソード~ばっちり満開ひまわりと、共に咲く花々~動画と、ちょっと通り過ぎるにはもったいない松ぼっくりどののブログでした。

松ぼっくり1953   ゆみぞうさんへ   2012/08/30   [ Edit ]

コメントありがとう。

行った時は丁度満開でした。夏休みの日曜日でしたが凄い人出でした。
駐車の場所がなかったので大型車用の奥のほうに停め、ちょっと心配だったが
戻るとやはり前のほうが塞がっていて出られない始末。仲間で来た人たちの10数台が
ずらりと駐車していたのでした。幸いそのうちの一人が忘れ物をして戻ってきたので
前にあった車の持ち主に来てもらってヤット出られました。
みんなひまわり畑の前の芝生で宴会などやっていました。ひまわり畑は
ガラガラの空きようで花より団子の人が多いようでした。

こんな長い記事に付き合ってくれた方にはほんと感謝です。無理もないのですが
コメントの内容からかなり飛ばした方もありました。ボクもこのような長い記事に
出くわせば多分同じことをやったかもしれません。

娘ハナの花嫁姿の右の写真の容貌はかなりの美形と思いますが女性から見ては如何?
それはともかく、当時の元勲たちの那須での姿は贅沢そのものでしたね。

magamik1956     2012/08/30   [ Edit ]

こんばんわ~
エリザベート展、何年か前に京都で見ましたよ。
大きな肖像画のエリザベートは衣装ともども、
あまりにも美しいので見とれていたのを思い出しました。

青木周蔵氏の奥様もエリザベートですか?
とっても美しく、その上、才媛だったのでしょうね。
夢のような生活ぶりが伺えました。

夏のヒマワリからは元気をもらいました。
動画の風の音も良い雰囲気となってました。

ありがとうございました。

松ぼっくり1957   magamik さんへ   2012/08/30   [ Edit ]

コメントありがとうございます。

エリザベート展は京都でも行われた事があるのですね。偶然青木周蔵夫人と同名だったので
それをきっかけに長い記事になりました。娘ハナの写真からも若い頃の美貌が伺えますし
多分才媛だったのでしょうね。青木周蔵の若い頃の写真がないので彼の容貌は
年配の写真から想像するほかないのですが当時は皆髭を蓄えていたのですね。
外交官として辣腕だったらしいのでそこにエリザベートは先ず惚れたのでしょうかね。
明治の元勲たちによって那須地域は発展したので、文句は言えませんが
庶民からすれば夢のような贅を尽くした生活だったようです。当時は今の人たちのように
痛烈な批判を表面に出すことができなかったようです。

ひまわりはmagamikさんのブログ名でしたね。沢山のひまわりが咲き誇っていましたが
ひとり言を呟いている花も幾つかあったと思います。何を感じていたのでしょうか・・・


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