那須野の風に乗って

Entry 186   Permanent LIN K

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古い一枚の写真・・・硫黄島に散った長兄



硫黄島の悲惨な戦闘の記録を通して戦争のない世界の訪れを祈ります
毎年8月15日が近づくと一枚の古い写真が思い起こされます。下の写真がそれで、数年前実家の昔の写真集から黄色に変色したこの写真を発見したもので約70年前の太平洋戦争の真っただ中に長兄が召集を受け出征する日を記念して家族で撮った写真でした。黄色に変色したのをスキャン機器で退色還元したものです。
昭和17年のことで僕はまだ小さくよく覚えてはいませんが写真に写っています。当時の貧しい農家の様子が背後の破れ障子を見ても解ります。この頃は地主以外の小作農家はみんな貧しい生活だったのでした。 そんな中を出征した長兄は最初横須賀の基地に配属されましたが、やがて太平洋に展開していた日本軍の旗色が悪くなりグアムが陥落すると、本土に最も近い防御線であった硫黄島が重要拠点となり長兄もそこに配属されたのでした。

最近話題になった映画「硫黄島からの手紙」や「父親たちの星条旗」などにより硫黄島での戦いを知らなかった人たちも多少その当時の事情が分かったかと思いますが、栗林中将と共に約2万の日本兵、6千人以上の米海兵隊員が戦死した激戦地で、米軍の負傷兵は2万2千を超えました。日本軍は玉砕という結果になり生き残ったのは300人にも満たなかったのでした。その地獄のような悲惨さは下のYoTtubeの米軍側が撮影した実写映像で赤裸々です。こうした映像を見るにつけ硫黄島に限らず未だに世界のどこかで繰り広げられている戦争の空しさと馬鹿馬鹿しさをひしひしと感じます。 併せて戦没者関係のすべての方々に対し心から鎮魂の祈りを捧げます。





硫黄島位置図




アメリカ軍の圧倒的物量作戦と威力を発揮した火炎放射器の残酷映像
当時では珍しいカラー映像です (以下 YouTube の共有作品から)





アメリカ軍側による実写映像です




これは生き残り海兵隊員などによる経験を基にした映画ですが
一部実写もあり目を覆いたくなるシーンの連続です




2011/08/13   未分類     186TB 0   186Com 4  

Comment

 

koyuko1112   見ました。   2011/08/13   [ Edit ]

この映画を見ました。8月15日になると毎年思い出されます。
私の実父が復員してきて、玄関から髭だらけのカーキ色の軍服姿で現れた時
私と妹がびっくりして、妹が大泣きしました。
私も物心つかない幼い頃なのに、何故かその光景が焼き付いて今でも鮮明に覚えています。
その頃の事は殆ど記憶にないのに、父の姿だけは記憶してます。
その後、結核で倒れて10年間入退院を繰り返しましたが、
88歳まで矍鑠として生き、亡くなりました。

昔はみんな苦労しましたね。

松ぼっくり1114   koyukoさんへ   2011/08/13   [ Edit ]

いつもコメントありがとうございます。

終戦記念日にはいつも思い出す硫黄島での
長兄の戦死ですが戦争の悲惨さは今でも
世界のあちこちで起こっています。
戦争のない世界はいつ訪れるのでしょうか・・・

koyukoさんのお父様も御苦労なさったのですね。

マオママ1115   明日は・・・   2011/08/14   [ Edit ]

終戦記念日
戦争の事は全然知りません(^^;;
ただ母方が沖縄出身で母の長兄も南方で戦死
遺骨も無かったそうです
だからでしょうか・・・
毎年15日の正午には黙祷をささげるのが子供の頃から習慣になってます
初めて沖縄を訪れた時も戦死者の方々に感謝してからビーチで遊んだ記憶があります
グアムでもそうでした

松ぼっくりさんにも戦死された方が居られたんですね

こんにち日本があるのはそうした方々の犠牲と現在の高齢者の方々の並々ならぬ復興力のお陰だと思います

国を思う当時の若い世代に心から感謝して
今の政治家にはそういう愛国心がある人が望まれますね

松ぼっくりさんの珍しい写真公開に感謝いたします

松ぼっくり1116   マオママさんへ   2011/08/14   [ Edit ]

コメントいつもありがとうございます。

明日は終戦記念日ですね。毎年この時期には複雑な
心境になり、戦争の残酷さを身にしみて感じます。
何日か過ぎると今の平和さの中にそれも溶け込んで
希薄になってしまいますが、今回の原発事故で
平和に対する不信感が新たに生まれた気がします。

お母様の長兄の方は南方で戦死なさったのですね。
南方には物資が行き届かずたいへん悲惨な
戦場だったらしいですね。僕の兄の遺骨もも戻ることは
ありませんでした。硫黄島にはまだたくさん遺骨が
残っているらしいです。無情な話ですね。

マオママさんの言われるように、こうした人たちの
犠牲があって今の日本の平和もあるとは思いますが
違った場所から平和を脅かす事柄が必然的?に
発生しているのは悲しい事ですね。日本人は原点に
還って平和について考えるべきだと思います。

明日の正午には僕も1分間の黙祷を捧げます。


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