那須野の風に乗って

Entry 169   Permanent LIN K

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/--   スポンサー広告    

金毛九尾の狐伝説と殺生石・・・平安京から那須へ



                 白面金毛九尾の狐伝説と殺生石
平安時代の後期、鳥羽上皇に仕える女官の中でも、とりわけ美しい玉藻の前という女性がいた。
その美貌が鳥羽上皇を虜にし寵愛を一身に集めめていた。ところが上皇の様子が日ごとに衰弱
して行くので不審に思った公卿たちは当時有力であった陰陽師 阿倍康成に占って貰ったところ
玉藻の前という女はかつて中国で周の幽王の后の褒似となり周を滅ぼし、 殷の週王のもとで妲
己となって殷を崩壊させ、花陽夫人となっては天竺の皇太子を惑わせる等、 国々を荒らし回って
きた白面金毛九尾の狐で、遣唐使吉備真備が帰国する際、人間に身を変えてついてきたもので
あるというのが分かった。 驚いた阿部康成は強力な魔除けの祈祷を行ったところ、 玉藻の前の
姿はみるみるおどろおどろしい九本の尾をもった大狐に変身し宙に飛び上がるや東の方角へと
飛び去って行った。1ヶ月もしないうちに下野国那須からおぞまししい噂が伝わってきた。
そこで朝廷は三浦介義明と上総介広常に命じて大狐を退治させることにした。弓の名手で勇猛
な二人は神のお告げにあった100日間の犬追い修業を経て力を蓄え 数百の軍勢を引き連れて
那須に隠棲していると伝えられる大狐退治に向かった。茶臼岳山麓に追い詰められた金毛九尾
の狐は二人の放った矢によって倒されたが狐はたちまち石に変身した。
その後 その石は上空を飛ぶ鳥を始め石に触ったり近づいたりした人や動物などを悉く殺戮する
恐ろしい石となって人々を苦しめていた。誰言うともなく「殺生石」(せっしょうせき) と呼ばれるよ
うになって周辺では近づく者がないほど忌み嫌われた。
朝廷は名僧の玄扇和尚に殺生石を調伏せよと命じた。玄扇和尚は精魂をこめ石 目がけて金鎚
を力いっぱい振り下ろした。すると石は三つに割れ、破片の一つは海津に、一つは備後に飛んで
行った。しかし、残りの一つは殺生石の妖気を全て失いきることはできずに、今なお異臭を放って
殺生石の名を留めて那須茶臼岳山麓の賽の河原上流に残されたままになっている。


              殺生石・賽の河原と那須活火山の全容


那須茶臼岳は活火山で現在でも噴煙を盛んにあげています。上図からも噴火の際に火砕流の辿るルートが分かります

<<<


              賽の河原教傳地獄の千体地蔵と殺生石




撮影当日の夜には上の賽の河原を中心に御神火祭りが開催される予定でしたがあいにくの
雨模様となって屋外の火祭りは中止になり会場を那須小学校に移して、白面金毛九尾の狐
太鼓や民話・踊りなどの郷土芸能上演に変更された。
開演が19時とあって時間がたっぷりあったので小雨が時々降る中を当ブログでは初めて取
り上げる殺生石周辺の風景を撮り、屋内の祭りの様子も記事にしました。



                       殺生石周辺の風景
                    左右のサムネイルをクリックしてください
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<>
<伝説の殺生石は中央右。昔は亜硫酸ガス濃度が濃かったらしい>


                   教傳地獄の由来の案内板から
案内文不鮮明で要約加筆した。 室町時代、不良少年だった教傳は仲間2,3人と一緒に那須
の殺生石を見物に行ったが、出掛ける時母親が作ってくれた朝食を旅支度ができていないこと
に腹を立て、お膳を蹴飛ばして出発してきた。殺生石を見た後賽の河原を歩いていると今まで
晴れ渡っていた空が俄かにかき曇り雷鳴が轟き足元からは火炎が噴き出してきた。連れの仲
間は一斉に逃げ出したが教傳は逃げ遅れた。仲間が振り返ると真っ赤な泥流に下半身を埋め
た教傳がもがき苦しんでいた。助けに戻った仲間は教傳の腰から下が焼け焦げているのを見
た。引き上げようとすると苦しい息の下から「俺は親不孝で今朝もおふくろに悪い事をした罰が
当たったんだよ~」と言ったのも束の間、押し寄せる溶岩流に呑み込まれて行った。
その後教傳が呑み込まれた地点では泥流が長い間煮えたぎっていたがある年の山津波で埋
もれてしまった。享保年間になって、そこが安定した地盤になったので地元の有志達が教傳の
哀れな最後を供養するために千体の地蔵尊を建立安置したのがこの教傳地獄である。




那須茶臼岳は活火山で過去何度も噴火をし多数の犠牲者も出ています。こうした伝承が生まれた背景には
噴火に伴う亜硫酸ガスの存在があるからです。現在でも賽の河原のあちこちにはガスが噴出しています。



会場で披露された 白面金毛九尾の狐太鼓
後半に迫力のある演奏が見られますのでスクロールなどして最後までご覧ください
九尾の狐は全て女性に変身して男性を惑わしていることから女狐と思われ
太鼓奏者にも身のこなしから一人女性が含まれているのが分かります






もうひとつ横笛の演奏をお聴きください。曲は「千の風になって」
装束は陰陽師 安倍康成を模しています。奏者は有名な横笛演奏家です






語り部による民話「若がえりの水」も動画に撮りましたが、ここでは
載せきれませんのでご覧になりたい方は下のリンクでどうぞ

僕のもうひとつのブログ
気ままに行こうか


                                             コメント 投稿ボタンは上部タイトルの下にあります



2011/06/04   地域・歴史    

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。