那須野の風に乗って

Entry 163   Permanent LIN K

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松方別邸付近の野花たち


東北道を西那須野・塩原ICで降りR400号を塩原に向かって2,3分も走れば右側に見えてくるのが千本松牧場です。
古い歴史のある牧場ですが今は観光牧場として人気があります。そこから牧場内を通り北に向かってほぼ1㎞位の処
にあるのが明治時代の宰相松方正義の別邸「萬歳閣」です。 現在はその末裔が管理していて内部には入れませんが
牧場のサイクリングロード兼散策路から 洒落た洋館の姿を見ることができます。 辺りの路傍には豊かな野草が繁茂し
その中には可愛らしい野花が見られるようになりました。 この日は穏やかな日和で、のんびりと散歩をしながら野花の
撮影をしました。花がそれぞれ小さいうえに腕の悪さも手伝ってあまり満足のゆくマクロ写真ではありません。花の名も
一部しか分からなかったのですがお詳しい方に教えて頂いたので説明欄を再現しました。ありがとうございました。



下の奏者クリックで画像が動いてBGM開始
再クリックで停止します
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小画像をクリックしてください。Sakura先生のソースから画像サイズをアレンジしました
コンデジのハイビジョンテレビサイズで撮影し、左右を少しカットしました

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<萬歳閣 当時藁葺き屋根の家が多かったこの地では超モダンな建物だったに違いない>





松方正義と千本松牧場
この地域は古くは那須野と呼ばれ人間の住みにくい荒野でした。源頼朝が北方の勢力に対して示威行動
を起こしてこの地で大規模な軍勢を展開させて、巻狩を繰り広げたのは有名です。江戸時代は那須野原と
呼ばれ、 明治になってから那須野が原と呼ばれるようになりました。  明治維新によってできた新政府は
伊藤博文や第4・第6代総理大臣を務めた松方正義等の政策で那須野が原開拓が奨励されたのでした。

松方・伊藤・青木達は、 主に薩摩藩出身で新政府に登用されなかった人たちに対し優先的に資金援助を
を行い、 この地方の広大な荒れ地を与え開拓が成功すると功績として貸し与えた資金の返還を免除する
という現代なら問題になる方法で土地を手に入れたのでした。 青木農場、山縣農場、大山農場等はその
最たる例で松方本人が手中にしたのが千本松地域です。退任後彼はここに移り住んで開発事業に打込み
農場や牧場を開拓したのです。 「千本松」の地名は赤松が多数分布しそれを愛した松方正義により名付け
られたとも言われています。後年今に残る洒落た別邸「万歳閣」を建て、政財界の社交の場ともなりました

下の画像にマウスオンしてください
2枚とも夕方に撮った画像です
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もうひとつのブログ
心の風景

( 今回はウサマ・ビンラデイン暗殺、アラバマ州大竜巻の動画 )


2011/05/05      

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