那須野の風に乗って

Entry 154   Permanent LIN K

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遅い春の南湖公園・・・大地震後の白河市



天栄村から南湖(なんこ)公園へ
福島県は地震の規模も栃木県より遥かに大きく、その上原子力発電所障害のダブルパンチで
放射線を避けて第1原発30キロ圏の人たちの多数が栃木県にも避難してきていますが、僕の好きな
天栄村の情報がないので、先方の役場に電話をして様子を聞くと、先日ようやく水道も復旧し、汚染も
見られないとの事なので、いつもの丸山の湧水を汲みに行こうと白河から車で北上しました。役場の人から
途中、道路の陥没等もあるかもしれないので注意して来て下さいとの注意がありましたが、走っている分には
何ら地震の影響はないようでしたが車を横道に入れて歩いてみると大谷石の蔵や塀などが倒壊していたり
道路に地割れなどもあり、地震の強さがかなりのものであったのが分かりました。幸い丸山の湧水付近は
全く無事で、山全体が岩石だという話が実証されたようです。丸山の何処にも崩壊の跡は見られず
いつものように安心して清水を汲むことができました。時間があったので急に思い起ち、帰りがてら
江戸時代の名君松平定信が造成した歴史のある南湖公園の様子を見に行くことにしました。
今回訪れた天栄村へは決して物見遊山で出かけたのではなく、村が気になっていた事が第一で、湧水を汲んでから
少しでも福島県産の野菜を買って 手助けしたかったので、役場の手前にある 国道沿いの道の駅で販売されていた
キャベツ、赤ネギ、大根等の野菜と特産のヤーコンうどん、地元の和菓子などを買いました。



奏者クリックで画像が動きBGM開始
再クリックで停止します

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春まだ浅く、地震の爪痕も残る湖畔でした。散策順に画像をアップしました
どちらかと言えばモノトーンに近い雰囲気の画像に仕上がりました。
下の画像上を連続クリックしてください。ソースは参考アレンジです (表紙を含め20枚)
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南湖十七景の位置図です



南湖公園の歴史
1801年 (享和元年)当時の白河藩主 松平定信によって造成された公園です。
日本の公園制度は明治6年の太政官布告からだそうですから南湖は日本最古
の公園と言われる所以です。 南湖の名は李白の詩句「南湖秋水夜無煙」から
とも、白河小峰城の南に位置していたことから名付けられたとも 言われていま
す。公園内の丘や湖畔にはアカマツが生い茂りその間には季節毎の花々が咲
乱れ、 観葉植物も多数点在し、春になればソメイヨシノの名所となっています。
松平定信はここを身分を超越して万民の憩いの場として提供したという。



                       


三陸から福島の広域にわたる大地震・大津波が起きてから3週間以上が過ぎました。
被災地の全てがこの悪夢のような惨状から一日も早く立ち直ることを祈ります



gooブログフォトチャンネルに載せられた大鎚町の惨状
実に画像は100枚もあります。拡大画像でご覧ください






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2011/04/01   風景    

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