那須野の風に乗って

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ふるさと文化の伝承・・・福島県天栄村



最初は丸山の清水を汲みに行ったことから天栄村に親しむようになりました。その後何度か通っているうちに
牛ヶ城址などの面白い発見もありました。ここが何故か心に残るのは現在住んでいる我が故郷の何十年も前の
面影が色濃く残っているからです。田圃や小川の流れる何気ない里山風景の中に失われた故郷の姿を見る思いです。
今回は村の施設である 「ふるさと文化伝承館」 を初めて訪れてみました。立派な館内は綺麗に配列された展示物が並び
数多くはありませんが珍しい展示物もあり、幼い頃に目にした農具や養蚕の道具などに遥かなる郷愁を呼び覚まされました。



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               Giulio Caccini の敬虔で優しい曲 (ピアノ編曲)
                      曲名は何でしょうか?日本の伝統文化とは無縁の名前です




下の小画像をクリックして下さい。ソースは「ブログの小技」からです





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牛が城北側台地にある瀟洒な建物
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安養寺の一里塚跡
ふるさと文化伝承館でも紹介されている安養寺地区は伝承館から
北西へ旧白河街道を3キロ程行った処にあります。自動スライド4枚です




昔の白河街道は白河城下で奥州道から岐かれ図のように天栄村の牛ヶ城を通り安養寺を経て
会津若松城下へと続いていた。現在は安養寺の一里塚から先は道路も狭く、土地の人の話では
殆んど車の通行は皆無に近いくらいに寂れている。往時は東北の大名や旅人たちが頻繁に行き
交った道とはおよそ思えない閑散さです。栄枯盛衰の姿をこの旧白河街道に見出した思いです。
当ブログの 「牛ヶ城の戦い」 で使用した鳥瞰図を流用しました。県道282号線が旧白河街道です




白河街道の宿場
奥州街道→白河城下→飯土用宿→上小屋宿→牧の内宿→長沼宿→江花宿
→ 勢至堂宿→三代宿→福良宿→ 赤津宿→原宿→ 金堀宿→ 会津若松城下

                                  ※ ピンク色の太字は天栄村内の宿場





2010/09/14   地域・歴史     116TB 0   116Com 4  

Comment

 

松ぼっくり617   ゆみぞうさん   2010/09/16   [ Edit ]

コメントありがとう。異常だった夏の暑さは不快の連続でしたが
やはり適度の涼しさは心身共に救われる思いがしますね。

天栄村の紹介を何故他県の人が熱心にやっているのかと思われる方も
あるかもしれませんが、この天栄村は近いこともあり、又昔の現住地の風景に
そっくりなので、他県の村とは思えない親しみを覚えるのです。
牛ヶ城址から294号線を1キロほど行った場所に村の物産展があるのですが
そこで売っているヤーコンうどんは腰が強く味わいも深くて最高の味です。
行く度に乾麺のほうを買って来ます。茹でて半干しにした麺もあるのですが
乾麺のほうが味もよく長持ちします。ヤーコンは天栄村の特産で
ここが先進栽培地だそうです。勿論秋が深まるとヤーコンそのものが販売されます。

BGMの題名ですが、さすが音大出身の方にはすぐお分かりになりましたね。
ご存知の方には失礼かもしれませんでしたが試しにやってみました。
昔を偲ぶ静かな音楽はないかと探しているうちに見つけた曲で
私自身ジュリオ カッチーニに関しては全く知識がありませんでした。
このアヴェマリアはいい曲ですね。確かに大義では洋の東西を問わず
「母」なるふるさとに想いを馳せる点では共通しているのでしょうね。

ゆみぞう618   アヴェ・マリア   2010/09/16   [ Edit ]

急激に涼しく、夜長な秋に突入した感があります。お二人とも体調はいかがですか?

白河地域は、那須地域にお住まいの松ぼっくり殿にとっては、ごく身近で親しみのある土地でありながら、関東と東北とで括りが分かれてしまうのが何だかもどかしいですね

BGMはカッチーニのアヴェ・マリアですね印象深く胸に残る名曲でありながら、ごく一般的には、なかなか作曲者+曲名までは知られていない曲って、結構ありますよね

大義で'母(=ふるさと)を想う’というところで、通じるものが確かにあります

松ぼっくり619   北斗様   2010/09/15   [ Edit ]

コメントありがとうございます。涼しくなると行動も活発になります。

天栄村は福島県といっても白河からはすぐ近くで、したがって那須からは
短時間で行ける隣町みたいな場所です。人情の厚いところでもありす。
この記事の安養寺地区に一里塚の写真を撮りに行った時も
土地育ちの方が近寄ってきて、色々と周辺の歴史を語ってくれました。

ふるさと文化伝承館は民俗史料は比較的少ないほうでした。
ただ売薬免許の表示や引き札などの珍しいものもありました。
台地に建てられた資料館は立派なものですが、当日訪れたのは私一人。
平日なので人が少ないのでしょうが、働き盛りの若い人たちには
このような展示館はどう映っているのでしょうか・・・

北斗620   こんばんは   2010/09/14   [ Edit ]

自分が生まれ育った故郷の面影の残る風景は 良いものですね
心が和みます
白河街道は 昔はたくさんの宿場があって 賑わっていたのでしょうね
白河や会津若松には サラリーマン時代に出張で行きましたが
当時の面影は もうなかったです
貴重な歴史に関する記事を ありがとうございました


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