那須野の風に乗って

テーマ [旅 ] の記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/--   スポンサー広告    

三内丸山縄文遺跡 そして帰途の平泉 (東北の旅 終わり)


縄文時代中期の大規模集落跡
三内丸山縄文遺跡は、今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡で、長期間にわたって定住生活が
営まれていた。 ここは青森市内でも港に近く、 当初野球場として造成が進められていたが、 用地の全てから
続々と縄文時代中期の遺物が発見され、その後多くの住居跡が発掘されるに及んで青森市は急遽野球場建設
を中止し、本格的な発掘調査を開始したが、調査が進捗するにしたがって300棟もの住居跡の存在が分かり、
我が国最大級の縄文遺跡であると実証された

平成4年からの発掘調査で、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、大人の墓、子どもの墓、盛土、掘立柱建物跡、
大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、捨て場、道路跡などが見つかり、 集落全体の様子や当時の自然
環境などが具体的に判明し、また、膨大な量の縄文土器、石器、 土偶、土・石の装身具、木器(掘り棒、袋状
編み物、編布、漆器など)、骨角器や遠方の地域から運ばれたヒスイや黒曜石なども出土した。 こうした数多
い発見が縄文文化のイメージを大きく変えた。平成12年、国特別史跡に指定された。丁寧に保存され最近は
小・中学校の社会科の教科書も新たに書き換えられて、生徒たちの訪れも頻繁になったようだ


三内表題


三内(さんない)丸山遺跡の概略
案内のボランティア男性の説明があり、 遺跡の大体の様子は分かったが、 どんどん進んで行くので
写真を撮る間もないのがツアーの弱み。ただ、この縄文中期遺跡頃の集落社会で印象に残ったのは

協調精神に富んだ誰もが平等な地域社会だった
780棟もあったというのに 族長の屋敷跡らしい立派な建物はなく、最初に掲載した写真のような多勢で
使用した集会所らしい建物他10棟があるだけで、上下の関係が現代社会のように格差が少なく平等
な生活を送っていたのだ。縄文時代のような狩猟民族社会は実に平和だったらしい。弥生時代になり
農耕が行なわれるようになると、人間には『欲』が芽ばえ争いが起こるようになった。学ぶべきだ

下の小画像にマウスオンしてください

定年後の余暇をこうして生かしている



謎の大型掘立柱


ミュージアム内の展示から
下の文字ボタンをクリックしてください
<■ミュージアムの展示室にて■>
<
<<><><><>
<


三内丸山遺跡見学の後、市内の展望塔に昇りました。
近くの青森港、八甲田山や遠くの岩木山等が良く見えましたが山頂は雲に覆われていました。


青森市内の展望塔

津軽半島と下北半島「


青森港の様子。津軽海峡フェリーが入港しようとしていた

青森港


八甲田山。主峰の大岳の頂きは雲に覆われていた

雲を被った八甲田山


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


最初の岩手旅行の帰途、世界文化遺産登録後の平泉の姿をちょっと覗いてみた
平泉仏教文化の規模は京都・奈良には及ぶはずもないが、都を遠く離れたこの奥州の地に
これだけの繁栄を築いた藤原氏の歴史的意義を学ばない人にはおよそ価値のない場所であろう

数回訪れているので見るべきところはなかったが新しい発見は世界遺産登録後の観光客の激増のみであった。
しかし、毛越寺はそれほどでもなくボクとしては極楽池の美しさをを見れば満足なのでした。
思うに毛越寺などの浄土思想は一般の日本人にとって、およそ理解し難いが、逆に純粋な目で外国人から見ると
意外に日本人では分からない真理を見出せるのかもしれません。それでこそ世界文化遺産としての価値がある

中尊寺では
他にも芭蕉の碑や弁慶堂など数枚撮りましたが略しました
中尊寺

毛越寺(もうつうじ)にて
下の画像クリックで3枚です
<<


境内には沢山の萩が綺麗に咲いていました

毛越寺の萩


当日、毛越寺境内の舞台では地元の筝曲社中の演奏がありました
Google Chrome 等のコマーシャルが出ますが×で消してください


筝に向かって30度に座り、弦が白色なので生田流と分かる。中心の小柄な方は
演奏が堂々としていて余裕があり、社中の師匠か、又はべテランの指導者的存在とみられる


短い記事を書く方の3倍くらいを一挙に載せました。最後までお付き合いくださってありがとうございました
スポンサーサイト

2012/10/28       288TB 0   288Com 6  

恐山地獄巡り (東北の旅 7)




三途の川の向こうで見た地獄の景観
むつ市のホテルをバスで朝8時に出発、同じむつ市なので恐山はさほど遠くはなかったが
それでも1時間近くかかった。三途の川の橋を渡ると地獄の入口で恐山の山門が見えてくる
恐山は、カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)を中心とした外輪山の総称で恐山という単独
の山はなく、外輪山は釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山
の八峰で、 火山礫に覆われた「地獄」と呼ばれる風景と、 美しい宇曽利湖の「極楽浜」との
対比が面白く、期待していなかっただけに景観の見事さに魅入ってしまった



<<<


恐山地獄めぐり
恐山の地獄と呼ばれる処は最初の噴火から1万年以上も噴火していないそうだが、所々からガスが噴出し
硫黄の匂いが漂っている。 歩き始めはおどろおどろしい火山礫の道が続くが、やがて釜臥山を映す美しい
宇曽利湖と極楽浜が見えてくると景観は一変する。 地獄賽の河原を呑み込んだ湖はどこまでも静謐だった


下の小画像にマウスオンしてください
<
<
ここを入れば地獄の1丁目
< < < < < < < < < < < <



宇曽利湖(うそりこ)の極楽浜と地獄の対比が面白い
下の文字ボタンをクリックしてください
別窓に拡大画像が表示されます。(再クリックで更に拡大)
×で閉じてください


<   <

<   <
湖正面の山は釜臥山です



前夜に宿泊したむつグランドホテル
むつ市内で最大のホテル。機能的で快適だった部屋と 朝夕ともに食事の充実さは抜群だった
早起きして周辺を散策、日の出頃撮った写真


むつグランドホテル


2012/10/24       287TB 1   287Com 6  

花巻温泉バラ園 (東北の旅 4)



宮沢賢治設計の日時計花壇もある
逗留の大沢温泉から車でほぼ30分の場所に 同じ花巻温泉郷の台温泉があり、 その先のホテル街の
ど真ん中に見事に整備された美しいバラ園がある。市の管理らしいが、ここもやはり宮沢賢治に縁りが
あり、かって南斜面に賢治が造った花壇があった所に1958年着工し2年後の1960年に開園したとの事。
広さ約 5,000坪の敷地に約450種6,000株を超えるバラが四季ごとに咲き、華やかな色彩と芳香で庭園を
彩る。 バラの中には当庭園で品種改良され新品種として認定されたものや、宮沢賢治が設計したという
日時計花壇もある。今回はデジブックを前面に、それ以外は東日本震災復興記念庭園のバラ中心です


バラ園の代表的な秋バラをデジブックに纏めましたので
ぜひ覗いてみてください。そんなには長くありません




東日本大震災の復興が軌道に乗った記念に贈呈されたバラ花壇を中心にアップしました
下の小画像を クリック してください <
説明文1
< < < < < < < <



宮沢賢治が設計した日時計花壇が今なお大切に継続されている

日時計花壇


ベゴニアの寄せ植えとサンパチェンス
下の画像にマウスオンアウトです



2012/10/14       284TB 0   284Com 8  

碁石海岸にて (東北の旅 2)



碁石浜と碁石岬
9月26日、花巻の宿を早めに出発し遠野などを通り片道80km程を走って碁石海岸にやってきました。
この上もない好天でキラキラ光る海が眩しかった。着いてすぐに2008年に知り合った漁師夫婦の安否を
確かめました。 浜には誰も居ませんでしたが浜を上がったすぐの処で漁網の手入れをしていた漁師に
聞いてみましたら、 名前は分らずともこの浜で亡くなった方は最奥で油断した老漁師2人ともう一人は
漁師ではないとの事でした。ボクと話をした夫婦はまだ壮年だったので、逢わなくても無事が確認されて
ほっとしましたが 全面に美しかった浜の碁石や砂が津波によってかなり荒らされているのが残念でした



<<<


震災後一年半経った碁石浜の様子。平坦だった浜は段差が大きくなっていた
下の小画像にマウスオンしてください

<
<
表紙説明
< < < < < < < < < <



復興の様子
碁石浜は規模が小さく、すぐ高台になっているので避難はし易かったようだ
しかし、狭い浜だけに津波が集中し20m以上にもなったという。
下の画像クリックで3枚です

<<




碁石岬の散策
整備された美しい赤松の散策路が続く。海の碧さが眩しい壮観なリアス式断崖の姿をご覧下さい
下の画像上を連続クリックしてください(20枚) クリックの速さで短縮もできます

<<



この碁石岬は静かな筈なのですが今年はやけに人出が多いし駐車場もいっぱいだったので
何だろうと尋ねると全日本消防リアスロープレスキュー競技大会が開催されていたのでした。
珍しいので動画に撮りました。目も眩む断崖の宙吊り場面は危険なので撮れませんでした。
このチームは新潟県消防ですが何位に入ったかは不明です。






☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



7日、8日と恐山秋詣りと下北半島の旅がセットになった一泊バスツアーに家内と参加します。
又また東北地方へ行くことになりましたが家内は恐山、ボクは仏ケ浦遊覧などが楽しみです


恐山と下北半島
                                       画像はGoogle imgsより


2012/10/05       282TB 0   282Com 12  

大沢温泉とその近辺 (東北の旅 1)



逗留の大沢温泉と一部周辺の紹介
出発日の朝は曇りがちの天候で仙台付近からは雨になりました。 途中震災で傷んだ路面の舗装工事が
岩手の花巻南 ICを降りるまでに15箇所もやっていてその都度片側通行となり走り難い状態でした。しかし
雨のほうは岩手に入ると止んでいました。 大沢温泉着前に時間があったので途中いつもの寒沢川に回り
早速釣りをしましたがヤマメは大型は出ませんでした。宿に着くと自炊で必要な色々のものを整理してから
やっと一息つくことができました。温泉は4箇所入り放題なのでこの日はホテル側の豊沢の湯で寛ぎました


大沢温泉
山水閣(右)と左が自炊部入口

ホテルと自炊部


大沢温泉の湯
この他に地下に薬師の湯がある。ボクはいままで一度しか入っていないが…


大沢温泉の湯


調理場と菊水館の夜景
調理場と菊水館の灯り


大沢温泉近くの代表的な温泉
鉛温泉では藤三旅館が有名。泉質はアルカリ性単純温泉で立ち湯等が人気。自炊部もある。新鉛温泉は
ホテル形式で設備が豪華。志戸平温泉にも以前は自炊部があったが現在はない。千人風呂で有名

近くの温泉


近くの渓流では
こうした平坦な渓流もありここでは過日大型のヤマメが釣れました。この奥のやや険しい場所では
大型を始め中・小型が多数釣れたので焼魚にしたり甘露煮にしたりと魚に関しては自給自足でした


豊沢川


豊沢川が豊沢湖に流入する地点の橋の上にて
宮澤賢治となめとこ山の案内パネル


賢治となめとこ山


今回は最初なので宿泊の温泉とその周辺を簡単な記事にしましたが次回からは陸中や宮澤賢治、北上川
そして初めて知った花巻温泉の見事なバラ園など順次記事にしてゆきます。それにしても
本州の県で最も面積の広い岩手県は海、山、川、里、温泉とバラエティに富んでいるのを改めて感じました

2012/10/02       281TB 0   281Com 8  

震災以前に撮った写真の幾つか…陸中海岸 ㋵


岩手の旅の最中です
この記事が更新される26日頃はボクは岩手の大沢温泉か陸中の海辺に居ます。 23日の夜
この日に更新されるよう予約して24日早朝一路東北道を走り続けこの温泉にやってました。
大沢温泉には立派なホテルもありますが、一週間もホテルに泊まって食事をすれば、身体にも
よくありませんし、 もちろん費用がかかるので、 利用しているのはホテル隣接の自炊部です。
昨年は震災後のため控えましたが毎年この時期に訪れ5回目になります。車なので自家野菜
の長持ちするのを保存ボックスにたんまり積み、米や調味料も持参です。日頃自分の食事は
自分で作っているので何ら苦になりません。我が家にはペットの兎と猫が居るので家内は毎年
留守番です。一人羽を伸ばし渓流釣を初め陸中海岸の殆どを踏破してきましたが、震災では
思い出の場所が全て被災していて心痛みます。その確認にも陸中の海の一つを訪ねてみます


<<
<
音量は低く設定済


2009年に撮った写真
2011年の東北大震災では大きな被害を受けた気仙沼に震災の2年前に行った時の写真です。
気仙沼から北へ3キロほど行った唐桑半島の岩場に咲いていたハマギクです。想い出深い写真。
ここは岩場なので津波では無事だったと思いますが手前の町は相当ダメージを受けたらしい


ハマギク



2010年に撮った写真
北山崎の断崖と山を下った平地に佇む田野畑港
断崖部は同じ田野畑でも津波の影響はなかったと思うが、田野畑港は壊滅的な被害だったらしい


北山崎と田野畑港


静かで神秘的な浄土ヶ浜。津波の被害は比較的少なく、早く復興した。
宿泊した田老から早起きして出かけ、夜明けを撮った自信の1枚

浄土ヶ浜の夜明け


陸中には2007年から連続して訪れていて各場所ともに想い出深い。 その殆どが津波の直撃を受けて
信じられない位の被害を被ったことに心傷んんでいました。今回も各地を回りたいが、それも無理なので
2008年に碁石海岸で知り合った漁師夫婦が無事だったかどうか確かめに行きますが、当時のブログを
削除してしまい写真もないので、浜で他の人に聞いてみようと思います。被害は少なかったようですが…

2012/09/26       280TB 0   280Com 6  

雨の湖上花火・・・諏訪湖にて



何度か利用している白河市のタビックスのツアーで諏訪湖方面に出かけました。 主目的は2日の
諏訪湖湖上花火の最終イベントです。栃木10名、福島28名の一行でした。気さくな人たちばかりで
楽しい2日間でした。諏訪湖花火の他、湖畔の美術館の見学や翌日は諏訪大社周辺の自由散策
にたっぷり時間をとった余裕のある旅でした。 変わりやすい天候も、日中は晴れ間もあって帰りは
あちこちで買い物タイム、時間がかかりました。四つの高速を使っても長野はけっこう遠いですね


諏訪湖は真冬厳寒時の御神渡りや湖上花火で有名だが街中から見た湖はあまり綺麗ではありません。
下の画像は高台を走る中央高速諏訪サービスエリアからのもので、これならなんとか見られる景観です。
午前中はこんなに青空が見えていたが午後から徐々に空模様が怪しくなり花火打上げが心配でした


諏訪SAにて



下の画像を次々クリックしてください。20枚ありますがクリック速度を速めればすぐ終わります


<<



縦画像での花火( この頃は雨が降ったり止んだり )
右側の小画像の花火にマウスオンです





動 画
ホテル屋上からの撮影で湖面が遠く雨にも悩まされたが
動画後半は撮ろうとしても撮れない不思議な映像になった

花火の打上げ開始から雨が降ったり止んだりの悪条件となったが、 それでも
花火はけっこう綺麗だった。最後の10分間くらいが最高の見せ場だと言うので
動画に切り替えて撮り始めたが間もなく急に風雨が強くなってきたのでカメラを
三脚に固定したまま放置し雨を避けたが、 後で見てみるととんでもない映像に
なっていたが最後は撮ろうとしても撮れない雨滴が織りなす映像になった




動画の品質は腕の未熟さと天候の悪さ、持参したカメラが動画に向かなかったことも重なり
映像に精細さが全くなく、1コマ1コマが全体に甘い画像になってしまいました




2012/09/06       276TB 0   276Com 10  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。